ケーススタディ2 宇治市個人データ漏えい事件を考える

2014年3月25日

宇治市の使用者責任の検討

 今度は宇治市の使用者責任(民法715条1項)が認められるかどうかが問題となる。民法715条1項は、次の4つの要件にまとめることができる。

①「ある事業のために他人を使用」していること、②被用者の行為が、使用者の「事業の執行」といえること、③被用者の第三者への加害であること、④使用者の免責事由(使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき)に該当しないこと、である。

①「ある事業のために他人を使用」していること

 宇治市がその事業のためにPを使用する関係にあることが必要であるがPは再々委託先のアルバイト学生である。はたしてそこに宇治市の使用関係が認められるのかが問題となる。

「他人を使用する」場合は、通常は雇用、委任、その他の契約に基づくことが多いが、事実上仕事をさせているにすぎない場合も含む。そして、使用者と被用者の関係があるかどうかについては、実質的な指揮・監督関係の有無によって決すると解されている。

 実は、宇治市の担当職員は、C社の正社員OがB社の所属であることを示す名刺を示したため、社員OがB社の所属であると信じており、B社がC社に乳幼児検診システムの開発業務を再々委託したことは知らなかった。当然ながら、宇治市とC社間に業務委託契約は存在しない。
しかし、宇治市担当職員は、乳幼児検診システムの開発業務について、現にC社の代表取締役や市社員Oと打ち合わせを行っており、しかもアルバイト従業員Pもこの打ち合わせに参加していることを認識していた。
また、当初は庁舎内で仕事をしており、本件データを庁舎外に持ち出すことについても宇治市担当職員の承諾を求めていた。
 これらの事実に照らすと、宇治市とアルバイト従業員Pとの間には、実質的な指揮・監督関係があったと認めることができる。
 したがって、宇治市は、事業のためにアルバイト従業員Pを使用したということができる。

② 被用者の行為が、使用者の「事業の執行」といえること

 乳幼児検診システムの開発業務は、宇治市の「事業の執行」ということがいえるか。
 乳幼児検診システムは、宇治市が、住民の健康管理を図るために国庫補助金を受けながら構築を計画した健康管理の総合システムの一環として開発しようとしたものであり、宇治市の事業(少なくとも関連事業ないし付随事業)であることは明らかである。

③ 被用者の第三者への加害であること

 これは、アルバイト従業員Pの不法行為としてすでに検討した通りであるが、アルバイト従業員Pは、宇治市の事業の執行につき、本件データの売却行為により、宇治市民Xらの権利を侵害している。

④ 宇治市の選任・監督上の無過失の主張について

 宇治市は、A社との間の業務委託契約書に秘密保持等に関する約定をもうけるなど、相当の注意を払ったから責任がないと主張していた。はたしてこれが免責事由として認められるか。

 本件データは個々の住民のプライバシーに属する情報である以上、宇治市としては、その秘密の保持に万全を尽くす義務を負うべきであるが、A社との間の業務委託契約書には秘密の保持等に関する約定及び再委託の禁止に関する約定があったのに、A社がB社に乳幼児検診システムの開発業務を再委託することを安易に承認し、しかもB社との間で別途業務委託契約等を締結せず、B社との間で秘密の保持等に関する具体的な取り決めも行っていなかった。宇治市・A社間の業務委託契約の効力はB社、C社には及ばないということである。

 また、本件データはコピー等による複製が容易に可能であるにもかかわらず、作業が終了時間までに終了できなかったという事情のみで、安易に、C社正社員Oとアルバイト従業員Pに対し、口頭で、両名が本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰りC社の社屋内で作業することを承諾しており、しかもその際、本件データの扱い等の管理上特段の措置をとった形跡もない。

 これらの事実に照らすと、宇治市が被用者の選任・監督について相当の注意を払ったとはできない。

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